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私はSMプレーが好きでした

私はSMプレーが好きでした

こんにちは。
本田裕子です。
今日のお題は、【私はSMプレーが好きでした】です。

よく私は、

★「大丈夫」

★「なんや知らんけど大丈夫」

ってことも、書いたり言ったりしています。

なぜなら、

これは紛れもない事実だから。
……………

そういえば数ヶ月前に、

「あなたは大丈夫でも私は大丈夫ではありません!!」っていうお便りをいただいたことがありました。

そのときの私は、正直

「ふ〜ん、そうなんだ…😒」ってスルーして、

どうでもよく忘れてたのだけど、

昨日、何故かふと↑このお便りのことを思い出しました💡

確かに私自身も10代のドン底だった(だと思っていた)とき、詳しい事情を知らない人から「大丈夫よ!」ってポンと肩を叩かれたとき、「大丈夫やないし💢」ってイラっとしたなあ、と。笑

そこで今日は「大丈夫」ってことを、また違った角度から書いてみたくなりました。

(もちろん、どう捉えるかは自由だよ)

しつこいけれど、

やっぱり「大丈夫」なんだよね。

どれだけ

ドン底や不幸を感じていようが

最高に幸せを感じていようが
命は呼吸し続け、

心臓は動き続け、

血液は巡り続けてるし、
何を感じていようと

命はカラダを通して生きてる。

不幸と感じながら生き続けても

幸せを存分に堪能しながら生き続けても

カラダは死ぬ訳で。
カラダが死んだら、どっちみち同じよね。

どっちみち同じなんやし、

どっちみち同じだったら、

深刻じゃなくて

やりたいことを存分にやるだけやん。
目一杯楽しんだモン勝ちやん!
↑と、ドン底(だと思ってた)の苦しみ抜いた先、人生に絶望した先、三途の川の手前の心境でした。

生きてる間の自分の(心の)状態が違うだけ。

生きている間、自分の状態を

幸せにしてあげたいのか?

不幸にしたいのか?
これは自分でできるのだし、自由自在。
(前提として「幸せ」は感じるものだけど、今日は「状態」のことを書いてるので、言語化するとこんな表現になってまう)

この(心の)状態で変化するのは周波数。

深刻さがなくなって、

(心に)溜め込むものがなくなると

心が軽くなるから

軽い周波数に勝手に移っちゃう✨

このあまりの軽さを体感すると、

「今まで何だったんだ!」って

唖然としたのと同時に、

なんだか笑っちゃいましたw

苦しむっていうのは、

現象を利用した1人SMなんだよね。

ドSとドMが1人の人の中に共存してる。
そう、

1人で思考と感情を利用して

「1人SMプレーのコントをやってたんだ」

って気づくと、抜けていきます。

私はね、同じように1人コントをしてる人からアドバイスを求められると、

「昔の自分はドMだったわ。ワッハッハ」

↑と過去の自分をネタにして話してたのだけど、最近話してるうちに自分がSもやってたんだと気づいた。笑

すると、

SとMが統合された。

あ、何が言いたいのかというと、
私は過去の自分に、

「他の誰でもない、自分がドSでもあったんだよ〜!自覚してなかったよねー!」と。

(同時にアドバイスを求めてきた目の前にいる人に「いい加減、自覚しよ〜ぜ!」というメッセージでもある、笑。)

自分で自分を苦しめていたことは

1人SMのコントだったんだぁ ε-(´∀`; )
私はSMプレーが好きだったのね、笑

という、まさに自作自演w

に気づくと、
軽やかな世界にいける♡
……………
今日も朝から夢中で語ってたら、

またもや汗だく。笑

本日もお読みくださり、ありがとうございました。

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