こんにちは。
本田裕子です。
今日のお題は、【セルフイメージを高くすれば人生は変わる、のウソ!】です。
よく↓
★セルフイメージを高くすれば人生は変わる
★成功するためにセルフイメージを高くする必要がある
と、言われています。
これに関して、私は以前から疑問を持っていました。
本当にそう言い切れるのかしら?と。
そこで沢山の人を見てきて気づいたことは、
やはり、
セルフイメージを高めることは、
重要ではない!ということ。
例えば、
自己開示ができ、リラックスしてて自然体な人は、セルフイメージが高いから、
もしくは自分に自信があるから自己開示ができ、自然体なのでしょうか?
セルフイメージに低い部分が少なく、身構える必要がないから、
その結果、自己開示ができ、自然体なんでしょうか?
違います!
このような人たちは、
セルフイメージが高いんじゃなくて、
「自己受容感」が高いのです。
「自己受容感」が高いっていうのは、
自分の長所も短所も、
出来ることだけじゃなく・出来ないこと、
イケてるところ・イケてないところ、
両方どちらも受け入れている、ってこと。
ですから、
セルフイメージを高めるとは、
自分の長所だけを見て、
短所を無視することじゃないのです。
又、「どうせ私なんか××だし・・」
とかって開き直ることでもないんだよね。
短所も長所と同じように認めるということ。
だから私は、
「セルフイメージを高める」というよりも、
「ただの自分を生きる」
という方が好きです。
そもそもセルフイメージとか自信って言葉に私は昔から違和感を感じるんだよね。笑
なぜなら、セルフイメージ(や自信)って言葉にとらわれるあまり悩んでる人が多く、そういう話を聞く度に、セルフイメージとかどうでもよくない?って思ってたから。
無理して高めるハリボテのセルフイメージ(自信)の方が脆いよね。
それよりも、自分の短所や出来ないことを受け入れた方が、内側から感謝の気持ちが湧き上がってくるし、
「自分には、こんな至らないところがある。
それを周りの人に助けて貰ってて本当に有難いなあ」
↑ってなりますから。
本当に大切なのは、
「セルフイメージを高める」より、
「無条件に今の自分を受容する」こと。
人生がうまくいかない人ほど、
まず自信を持てるに足る根拠(実績)がないと、自分など誇れない、と思ってるのね。
だから、その根拠を得ようとしてもがく。
必死になる。
結果うまくいけば、束の間の限定的自信が持てる。
(キリがない比較競争により、すぐに潰れるけどね)
でも頑張っても得られない人は、ずっと自分に自信を持てる機会が巡ってこないんだ。
下手すると寿命が来て死んじゃう。。
自信を持てる根拠が得られるのを待っていたら、気が付いたらオババだよ?
「待ちぼうけ」のようなマネは愚かなんだよ。
待ってる場合じゃなくてアグレッシブに今、認めちゃえばいいじゃないですか。
条件なんかいらないから。
…………………………
又、多くの人が誤解している
一般的にすごい人(に見える人)が生み出されるメカニズムはー
★実力、才能、うまくいく現実(原因) →
自信・自己受容・誇り(結果)
これは間違い。
本当は、こうなんだ。
★自信・自己受容・誇り(原因) →
実力・才能・うまくいく現実(結果)
そもそも すごい人 とかいないから。
実際、すごくないから。笑
それは、あなたが色眼鏡で見てるから、すごく見えるだけだから。
あ、もし
「すごい人なんていない」って言い方に
違和感があるなら、こう言い換えよう。
「みんな、すごい♡」
私にはね、外に「すごい人」はいません。
素敵な人、ならいる。
面白い人、
一緒にいたい人、ならいる。
「上」はないのです。
私の↑この言葉に反発する人は、
たいてい
「熱狂的にある人物や外にいるすごい人に信奉している人」です。
もちろん、どう受け取ろうと個人の自由だし、反発してもいいのだけど、
1つだけ言いたいことは、
「あなた自身が宇宙の中心であり、一番の主役だった」と気付いてほしい。
そして、すごい人さえも、
「あなた自身」だと知ってほしいな。
私は、歌には全く持って自信なんてないけんど、そんなのオッパッピーだ👋笑
感情込めて🎙その気になって歌っちゃうもんね♬(^∇^)☺️w
本日もお読みくださり、ありがとうございました。