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ただの私

ただの私

こんばんは。
本田裕子です。
今日のお題は、【ただの私】です。

まだ途中(もうすぐ半分)だけど、

今📕オノヨーコさんの「ただの私」という本を読んでいます。

もうね、まえがきの冒頭からステキなのだ。
その冒頭とは、
「私は美人で、頭も悪くないし、身体もいいし・・(中略)それがこれだけ悪口を言われてきた、というのはどういうことなのだろう」

↑とはじまる。
本当ステキすぎるよね♡
ほんと極めて自分に正直で、そして不器用なところもある様に私は感じたのだけど、それが魅力的でもあり、何ていっても粋。

そして、

★「女の力というもねは、結局、理屈をこねまわさず、自分の感覚や体に頼るということだ」 
★「やりたいことをやる人間はエゴイストに思われるけれども、抑圧したエネルギーというものは、ちょうど沈殿した沼のように汚い」
★「だから女は、幸せになる責任がある、と私は思う。犠牲的精神なんて言うものは、誰のためにもならない」と。


…………………………

先日のインスタに

「人は自分を開くと傷つけられるって勘違いして壁をつくりがち」って書いたのだけど、

改めて本当そう思うのです。

…………………………

↓(先日のインスタの一部)
人は「自分を開くと傷つけられる」って勘違いをして壁をつくりがち。
その壁をなくせば、傷つけられるものなんて何にもない、ということを知らずに。
もし傷ついたと感じるのならば、それは自分を守ろうとして勝手につくった壁にこそ傷をつけてるんだ。
だからね、

開いたまんまでいいのだ。

…………………………

そう、
「無防備こそ最大の防御」なのだと思う。
一般的な常識は逆だと言われてるけど。笑
なんなら、「攻撃は最悪の防御」で

「防御は最低の防御」だと言いたい。

なぜなら、

攻撃するということは、

相手(敵)を想定してるよね。
本当の意味で敵などいないのに、

敵を「いる」と信じ「創造」してしまって、
永遠の独り相撲、っていうループに陥っちゃうから。

あと、

防御するということは、自分は攻撃されている、つまり「他人が自分を攻撃できる」と、

自分で宣言しちゃってるようなものw

もちろん、最低限のリスク回避は必要だけど、過剰な防御なんて必要ない、と思うんだよね。
だから私はいつも「自分を守ろうとなんてしなくていい」って書いています。

無防備に生きるということは、自分を、

この世界を信頼しているということの証♡

無防備に自分に正直に。

そう、

「無防備」ってさ、この宇宙を信頼しているよ!というメッセージなのだ。

するとね、

宇宙も愛でもってそれに答えてくれるから。
早く続きが読みたいな(╹◡╹)
あ、本を読むときに大切した方がいいなあって個人的に思うことがあります。
これは、また書きます♬(๑˃̵ᴗ˂̵)

本日もお読みくださり、ありがとうございました。

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