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いのちを立てる

いのちを立てる

死ぬまでに いくら稼いだとか、

名誉だとか、何を持っているだとか、

どれだけ成功したか云々より

死ぬまでに

どれだけ本心に沿って生きたか。

これが生の真髄。

(=「いのちを立てる」こと)

なぜなら、これは成功とか失敗とかを

遥かに超えているから。

表面的な コロコロ変わる心が欲しがっているものではなく、根っこの望み(大欲)

誠の我、真我、アートマン。

……

私たちの本心の心(御心)は、すべての人が異なる個性を持っていて、異なる人生を歩むことをハッキリと知っているので、他と異なることを恐れません。

実は先日、ある方から相談いただいた内容が、「周りの皆が結婚(や出産)をしていて、私はどちらの体験もないんです」というお悩みでした。

ですけれど、そもそも体験すべてに

尊い価値があるんです。

結婚や出産を体験された方は、

経験や出産という尊い体験をされていて

結婚や出産を体験されなてない方は、

結婚や出産をしていない、という

尊い体験をされていて、

私たちは、常にその人にしかできない体験をしているんです。

この体験があるから良いとか、この体験がないから悪いとかっていう善悪を超越していて(そう言いたがるのは自我だけで)、本当は瞬間瞬間が与えられているんです。

自分がしていない体験に対して

否定的である必要もないし、

これから体験するかもだし、

そうすると瞬間瞬間の

すべてがギフトだということに

気づきます👁

……

業想念に覆われてくると、

個性は隠れて、業想念のクセだけが

目立つようになってきます。

つまり、業想念を掴んだまま覆われてくると、一人でいることが無性に寂しく感じられ、同じような仲間を得て安心しようとして脱出したいとすら思わなくなるのです。

真に頼りがいのある

本当の神(わたし)を

見失ってしまっては、

ある意味、仕方のないことです。

だけど、業想念から脱出して

本心の自分をしっかり自覚し、

源(神)の愛を感受してこそ、

真の安心立命なのです。

世間やマスコミの意向に従っていれば大丈夫!って本当??

ブッダが悟りを開いた後、それが世間の価値観と合わないことも悟りました。

自らを拠り所として、

凛々しく在るためには、

まず切に願い、

本心の心に戻ろうとすること。

真剣であれば、必ず恩寵があります。

というか既に今たくさんの恩寵が送られていることに気づきます。

そして、業想念が出てくるのは何も悪くないです。それは雲のようなものだから☁️

そこに実体はなく、

私たち自身ではないから。

その業想念の心を掴んで

自分だと勘違いすると、

どんどん苦しくなるだけで、

私たちの本質(実体)は太陽です☀️

神の声を聴くんです。

通路を掃除して。

業想念が出てきても

又、エゴを持っていても、同時に

真実の自己に気づいていること👁


「荒野で呼ばわる者の声がする」

この言葉の深さと偉大さに

少し前まで感動して🥺よく涙してました。

この宇宙観すらもはるかに超えた

真実を探るのです。

声としてではなくて、

もっと直接的な呼び声を聴くには

やはり感受できるように掃除すること。

てか、私たち人間は、

どんなに偉そうにみせても、

天地をはじめ、沢山の恩恵を受けずに

自分の力だけで生きられる人は、

1人も存在しないですよね。

ほんとうに有難い思いしか 

出てこないですよね🙏✨✨

写真は昨年の横浜。

今日も来てくれてありがとう🙏^ ^♡

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