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他人に与える とは?

他人に与える とは?

【他人に与える とは?】

先日のPodcastを聴いて下さった方から、

「“自分がして欲しいことはまず自分にすること” や、“まずは自分に与えること”とのことですが、他人に与えたいと思うことは喜びに繋がらないのでしょうか?」という質問をいただきました。

「他人に与える」って、かなり喜びに繋がりますよね。

わたしは、何にしても、その動機が大事だと思っていて。

例えば、「他人に与えること」に関しても、

自分が喜びたいから「与える」って言葉にするまでもなく自然と「したい」って思うもの。人って欠乏感からではなく、至福感から純粋に人の役に立つこと自体に喜びを感じる生き物だもん。

自分を活かしながら相手の役に立つことって喜びでしかないからね。

それとは逆に、例えば、嫌われたくないからとか、相手に承認されたいからって自分の純粋な動機でも本心でもないことをするのって、もはや「与える」じゃないよねw

あ、結果として、承認されてもされなくても、どっちでもいいのだけど、承認されることをゴールにしてる人は苦しくなります。

(自分が自分を承認してると他人に求めなくなるから楽です)

そして、他人の期待に応えることをゴールにしないこと。

わたしたちは、他人の期待に応えるために生きてるんじゃないから。

ユダヤ教の教えに↓このような言葉があります。

「自分が自分のために自分の人生を生きていないのであれば、いったい誰が自分のために生きてくれるだろうか」と。

わたしたちは、誰のために生きているのかといえば、無論、自分のためです。

他人からの承認を求め、他人からの評価を気にするから苦しくなるのです。そして、苦しくなるだけじゃなくて、そういう人は承認されることを求めて他人が抱いた「こんな人であってほしい」っていう期待に応えることを主軸に生きていくことになる。

それって他人の人生を生きてるようなもん。

そうじゃなくて純粋に自分がしたい♡って動機は、たとえ相手からの感謝や承認がなかったとしても、純粋な想いから行動できたそのこと自体に喜びがある。

欠乏感から出た愛なんて愛じゃないから。

満たされない心から出た行動は、その場は「いい感じ」に収まったとしても、結果として他人と自分を傷つけることになります。

だから、まず自分。

世界平和を祈るなら、

まずは自分の平和から♡

自分が楽しんで、自分の喜びを主軸に♡

最後に今月か来月のPodcastの放送でも話してるけど、吉田松陰先生の名言を💁🏻‍♀️

「世に認めらるか、そうでないかは天命による。自分にとってはどうでもいいことである。自分が楽しいことをして楽しむ。それだけで満足なのだ。」

まさに本当そう❣️

先日、大好きな納豆トンカツをいただき、

エネルギー⤴︎モリモリ♡笑

ご機嫌な私でしたん☺️

今日も楽しんでいこ( ◠‿◠ )♡

今日も来てくれて有難う🙏^ ^♡

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