【人が死ぬことを知って生きている人は、人生に誠実】
先週 金曜日にPodcastを配信いたしました。
今回の放送は、【“かんしゃく”について】というテーマでお送りしています。(第298回)
★我慢と忍耐はちがう。
幼児性と童心も全然ちがう。
★正しさって何? 信じるって何だろう?
自分の思い通りにならなかったり、自分の期待していたことと違うことを相手がしたときに怒るためのもの?
愛するって何だろう?駄目になったときに非難するためのもの?
これは人が人に言うことじゃない。
自分が自分に問うこと。
★人は見返りを求めると、“かんしゃく”を起こす。かんしゃくの “く”(苦)を取り除くと、後に残るのは?
★鏡についている埃を綺麗にしようそうじゃないと鏡に映った埃に文句を言っても、鏡の方を綺麗にしないと何を写しても埃が映る。
★捧げるとか 利他的というのは、すべて自発的なものであり、それを相手に強要した途端、利己的でしかない。
又、例えば、「人を思いやらなければならない!」になると重たいし、思いやれない自分を責めたり、思いやらない人を責めたりしがち。
★本当の意味で自分を愛することとは?
etc…是非お聴きください(╹◡╹)♪
……
又、昨日の朝、Facebookを開いたら、
「3年前の今日」に、まりんとクリちゃんを抱っこした写真が出ていて
この後まりんは先天性門脈シャントを発症し、クリちゃんは今たくさんの病気で最近は食欲が落ちてきてるって昨日母から電話があり、「大変だけど天使♡」って何度も言っていて、母をはじめ皆んな天使だと思った❤️
……
で、以前にも何度か書いたけど、
「御心」や「本心」という言葉の本来的な意味の深さ、広大さに感動します✨
私は幼い頃から小さな分離した塊(=分離した一人の人間)になっていることの違和感を抱き続けてきて、ほんとは何を望んでいるのか?漠然としてよくわからなかったけれど、色んな経験を通してあぶり出されてきたのは、「愛されたい!」と渇望する小っちゃい存在ではなくて、ただ愛して、愛して、愛することにゆらぎのない元々の状態に戻りたかっただけ。
愛することにゆらぎのない状態になるために、私にはこれまで経験した全てが必要だった。
すべて内にある。
本当にすべてが。
わたしたちの内に♡
それは、真我であればあるほどに
広がっていきます。
それは知識だけでは得られないし、思考では得られないし、つくりあげた人格でも得られない。(それらは脆いです)
実在でのみ、広げることができる。
のように、いまここに根を張り、
いまを大切に(=今に在り)
天高く伸びていこう♡
そして、人が死ぬことを知って生きている人は、ほんとうに人生に誠実だとつくづく感じます。
……
この写真は先週行った雅叙園で
中華をいただいたときの
よ〜食べたとでした。笑
ご馳走さまでした❤︎
(美味しかった)
よく食べ、よく動き、よく寝て
よく笑っていこう
今日も来てくれてありがとう^ ^♡