【「期待しない」とは、斜に構えることではない】
「私(俺)は人に期待してないから!」って言いながら、
ん?🤔めっちゃ期待しとるやん!
って違和感を感じることが、たまにある。
なんていうか
★どうせ私(俺)をバカにしてるんでしょ
★どうせ口だけでしょ
★どうせ何も助けてくれないんでしょ
★どうせウソでしょ
どうせ…
どうせ…
どうせ…
↑こんな感じの「人に期待しない」って
言い換えると、
「どうせ裏切られるから信じない」みたいなことでしょ?
いやいや、
それめっちゃ期待しとるやん!!って思う。
それは例えば、
「認めて欲しい・信じたい・助けて欲しい・愛してほしい。けど、そうじゃなかったときに自分が傷つかないように(ショックを受けないように)期待してないことにする」みたいな。。
確かに、自分を正直に出したときに不誠実な対応が返ってきたり、自分が思っていたのと現実がちがったとき、その落差が大きければ大きいほど残念に感じるし、「あ〜あ浮かれちゃってバカみたい」とか、「期待した自分がバカだったわ」って思っしまうよね。
だけど、自分が傷つかないようにするための「期待しない」は、「好きだけど好きじゃないことにする」とか、「楽しみだけど楽しみじゃないことにする」とか、「腹の底ではもっとこうしたいって思っているのに、このままでいい」とかっていうのは素直な気持ちを押さえ込んだり、欲の抑圧でしかなくて。
それを繰り返していると、
本当にワクワクルンルン楽しみなとき、
好きなものや好きな人に会ったとき、
心が動かなくなって不感症になってしまう。
「期待しない」っていうのは、自分が傷つかないための「期待しない」ではなく、
相手がどんな選択や行動をしても尊重することであり、他人の選択や行動はその人のものであることを理解すると、たとえ時に残念だなって思ったとしても、自分を否定する必要がないことが腹に落ちてくる。
例えば、「どうせ助けてくれないんでしょ」っていう「期待しない」は、相手への敬意が感じられないなってわたしは思う。
相手がどう思って、どう行動するかは
相手のものであって相手が決めること。
と同時に、いつも口だけで行動が伴っていない人や、信用するに値しない人との関わり方は自分が決めていい。
何にせよ、自分ができることは、
「自分を正直に出す」ことだけなんじゃないかな。
自分が正直に出したものに対して
不誠実な対応が返ってきたら、
その人とは相性が悪いんだって
早くわかって良かったのです。
ということで、
「期待しない」っていうのは、
斜に構えたり、冷めるのではなく、
自分のことも相手のことも真に大切にする♡という凄く温ったかいもの。
そのためにも、自分が自分にウソをつかずに誠実に出すことって大切。
なので、「期待しない」生き方は、
やっぱ軽やかだなあ💫と思う☺️
……
さてと今朝の朝食は納豆♡
たまご醤油たれって🥚
何か美味しそう🤤
期待していただきます😆笑
今日も来てくれて有難う🙏^ ^♡